2018年10月31日水曜日

Minnie the Moocher(ベティの家出)

監督:デイヴ・フライシャー
公開日:1932年3月11日
評価:★10


フライシャーの怪奇趣味がキャブのブルースと見事に融合した傑作


『トーカートゥーン』第34作。1932年から1933年にかけてフライシャー・スタジオでは名ジャズシンガーのキャブ・キャロウェイをフィーチャーした短編を3つ製作しており、この作品はその1作目である。原題のとおり、この作品ではキャブが1931年に録音し大ヒットとなったブルース『ミニー・ザ・ムーチャー』をバックに数々の怪奇的なギャグが展開される。
作画者としてクレジットされているのはウィラード・ボウスキーとラルフ・サマーヴィルだが、名シーンとして名高いセイウチが踊る場面はバーナード・ウルフが作画を担当したらしい。

まず、冒頭でキャブ・キャロウェイと彼の楽団、そしてクレジットが実写で映し出される。この実写映像がまた格別で、キャブがあのくねくね踊りを披露するのだ。
夕食を食べないので両親から叱られるベティ。ベティを叱る父親の顔がシリンダー式蓄音機に変化するというギャグ(時代遅れの暗喩?)が挟まれ、両親の冷たさに嫌気が差したベティは家出をすることに決める。ビン坊と共に家を出るベティだったが、町を歩いていると次第に辺りは陰気臭くなり、恐怖に怯える二人は急いで洞窟へと逃げ込む。
すると現れたのは巨大なセイウチの幽霊!セイウチは「ミニー・ザ・ムーチャー」を歌いながら不気味な踊りを披露する。この踊りはキャブの動きをロトスコープを用いてトレースしており、キャブの魅惑的で怪しげな雰囲気を見事に再現している。セイウチ(キャブ)の「ハイディホー」に合いの手を入れるのは、骸骨、猫や囚人の幽霊など恐ろしい魑魅魍魎たち。この奇妙な連中が繰り広げる怪奇ギャグが実に不気味で、面白いのだ。
「ミニー・ザ・ムーチャー」が終わるとBGMは陽気な「タイガー・ラグ」へと変化し、洞窟から逃げ出したビン坊とベティを幽霊たちが執拗に追いかける。最後にはベティ、ビン坊共々家に逃げ帰ってしまい(ビン坊が犬小屋に入るのが可笑しい)、ベティがベッドに潜るとベッドの上に置いてあった書き置きが破れ「Home Sweet Home」になるという素敵なオチで物語は締めくくられる。

「キネマ旬報」昭和7年6月21日号より
ストーリー性は薄く、内容も「ミニー・ザ・ムーチャー」に乗せて怪奇趣味の数々を繰り広げる事に終始している。スウィング感も「お化オン・パレード(Swing You Sinners!)」や後の「ベティの山男退治(The Old Man of the Mountain)」に比べると少し物足りなく、「魔法の鏡(Snow-White)」ほど突き抜けたシュールさはない。
当時のキネマ旬報でも、本作品はなぜか『小唄漫画』(Screen Songs)の一作品として紹介されてしまっている。当時のこの作品が一種のミュージック・ビデオとして認識されていた証拠であろう。

しかし、ロトスコープを用いて作画されたセイウチの踊りや幽霊が繰り広げる不気味なギャグの悪趣味さとグルーヴ感は何物にも代えがたく、この作品を傑作たる所以にしている。ロトスコープを用いることでキャブの踊りを忠実に、そして滑らかに再現する事に成功しているが、その滑らかさには一種の不気味さや生気の無さがある。この作品ではそんな不気味さが作品の魅力そのものに昇華しているのだ。これはロトスコープが作品の魅力の減退に繋がってしまった「ガリバー旅行記(Gulliver's Travels)」(1939)とは対照的である。
キャブの毒を交えたブルースとフライシャーのオフビートな作風の相性が極めて良かったからこそ誕生した、奇跡の傑作と言えるだろう。
ちなみにこの作品が公開される僅か6日前には、同じくキャブの持ち歌であり「ミニー・ザ・ムーチャー」のアンサーソングでもある「Kickin' The Gong Around」をフィーチャーした短編『Fly Frolic』がヴァン・ビューレン・スタジオにより公開されている。両作品を見比べてみるのも一興ではないだろうか。




(言わずと知れた名ブルース「Minnie the Moocher」のオリジナル録音)

※収録DVD:Betty Boop: The Essential Collection Vol.3

2018年10月29日月曜日

Felix the Ghost Breaker(フィリックスのオバケ騒動)

監督:オットー・メスマー
公開日:1923年1月1日
評価:★8

「幽霊は君を求めている」


シリーズがいよいよ大衆からの支持を獲得し、作品の質も向上し始める1923年に製作された作品。

フィリックスが墓場で寝ていると、うなり声と共に突然幽霊が現れる。幽霊にいたずらされて怒ったフィリックスは、幽霊の行く先を追う。すると幽霊はある農夫の家へと忍び込み、彼や彼の家畜を散々に苦しめているのだからさあ大変。農夫は警察に助けを求めるが、さすがの警察も幽霊には歯が立たない。
そこで今度はフィリックスが幽霊退治を試みる。散々に痛めつけられてしまうフィリックスだったが、機転を利かせて幽霊を追い詰めてみるとその正体はなんと不動産屋。恐怖につけこんで農夫に家を売らせようとしていたのだ。農夫が飼っているロバが彼を遠くへ突き飛ばし、物語は終わりを迎える。

フィリックスのデザインは依然としてリアルな黒猫に近く、彼らしいパーソナリティーを得るまでには至っていない。キャラクターのパントマイムを中心とした作画もまだこなれておらず、堅い印象を受ける。作画やデザインの面でフィリックスに変化が見られるようになるのは、メスマーのアシスタントだったビル・ノーランが『ラバーホース・スタイル』と呼ばれる独特の作画スタイルを確立する1924年頃からである。
しかし、どこか毒のあるユーモアや前衛的な怪奇描写など、後の作品に繋がる要素がこの作品からは多々見受けられる。特に、フィリックスが幽霊に襲われるシーンの魅力は現在でも全く色褪せていない。
メスマーはハイコントラストな画面作りの名手であり、フィリックス終了後(1937年以降)も30年以上に亘りネオンサイン用の影絵調アニメーションを多数制作していたという。[参考] 本作でもその手腕が存分に発揮されたといえるだろう。
例によって背景や人物は全て単色で描かれているが、この作品ではそれが一種の様式美を生み出しており、作品全体に漂う恐ろしい雰囲気を演出する事に成功している。
独特の怪奇描写が素晴らしい、メスマー版フィリックス中期の傑作である。



収録DVD:フィリックス Felix the Cat DVD BOX (DVD2枚組)

2018年10月25日木曜日

The Headless Horseman

監督:アブ・アイワークス
公開日:1934年10月1日
評価点:★6

アブ・アイワークス版『スリーピー・ホロウの伝説』


MGMとの配給契約が切れ、スタジオの親会社であるセレブリティ・プロダクション自身によって配給されたアイワークス・スタジオの「コミカラー」シリーズ。本作は1933年から1936年にかけて全25本が製作されたうちの第7作目である。
原作は、アメリカではハロウィンの時期になるとよく語られるという「スリーピー・ホロウの伝説」。ディズニーも1949年にオムニバス形式の長編アニメ「イカボードとトード氏」の1パートとしてこの物語をアニメ化しているが、本作の公開年は1934年。ディズニーに先駆けること約15年である。

のどかな村スリーピー・ホロウに住む美しい女性カトリーナ・ヴァン・タスル。大柄な若者ブロム・ボーンズと気の優しい教師イカボード・クレインの2人は彼女に恋心を寄せていた。
ある日の学校では、イカボードが「首なし騎士の伝説」という恐ろしい本を読んでいた。そんな時、彼はカトリーナからパーティーに誘われる。おめかしをしてカトリーナの家へと赴くが、そこには忌々しきライバル・ブロムの姿が。パーティーが始まると、2人はなんとかしてカトリーナの気を引かせようと様々な手をつかって彼女にアプローチするのだが、なかなか決着がつかない。そこでブロムは帰路でイカボードが怖がっていた「首なし騎士」に仮装し、彼を脅かす事にする。ブロムの企みは成功し、イカボードは一目散にどこか遠くへと逃げていった。
そうしてブロムとカトリーナの結婚式が行われたのだが…そこに現れたのは首なし騎士。ブロムもカトリーナも式場から逃げ出してしまうが、首なし騎士の正体はなんとイカボードだったのだ。

本作の最大の見どころは、アブ自身が自動車の部品で作り上げたという独自のマルチプレーン・カメラを撮影に導入している点が挙げられる。特にタイトルカードを始めとする幾つかのカットで登場する、首なし騎士が馬に乗って駆けていく動画の迫力は目を見張るものがある。イカボードの机を回り込むカットなど、他にもマルチプレーン・カメラが使用されているシーンが幾つかあり、そのどれもが抜群な効果を上げているのが素晴らしい。
ただキャラクターデザインに関しては若干粗雑な部分が目立ち、カトリーナは美女というよりもぽっちゃりとしたベティ・ブープである。イカボードは初期のフライシャー作品に登場する爺さんを彷彿とさせるデザインだ。(当時のスタジオには元々フライシャーに在籍していた作画スタッフが多数在籍していたので、仕方ない事ではあるのだが…)
アイワークス作品のご多分に漏れず、ストーリーやギャグの面でもイマイチ感は否めない。特に中盤はありきたりな演出尽くしで中だるみしてしまっているのが残念。
とはいえ個々のカットの完成度やアニメーションの出来自体は素晴らしく、玉石混合の「コミカラー」の中ではなかなか出来の良い部類に入る佳作といえるだろう。

2018年10月22日月曜日

Betty Boop's Hallowe'en Party(ベティのキングコング退治)

監督:デイヴ・フライシャー
公開日:1933年11月3日
評価:★5

ハロウィンパーティーでゴリラが大騒ぎ


『ベティ・ブープ』第22作。タイトルの通り、ハロウィンパーティーを舞台にしたお話である。公開日も11月3日、まさに季節ネタの作品だ。
この年の3月にかの名作映画『キングコング』が公開、大ヒットしているため、この作品もそうしたキング・コング・ブームにあやかった作品だろうと筒井康隆氏は『ベティ・ブープ伝』で推測しているのだが、それにしてはコング役に相当するゴリラが小さすぎるような気がしないでもない。邦題は言うまでもなく露骨にキングコングにあやかったタイトルなのだが…。

ある寒い夜、ベティからハロウィン・パーティーの招待状を受け取ったかかしがベティの家を訪れる。かかしとベティはパーティーの準備で大忙し。準備が終わり戸を開けると、動物たちが窓から入ってくる。ベティが「Let's All Sing Like the Birdies Sing」という童謡(?)を歌い終わると、楽しいハロウィン・パーティーの幕開けである。
動物たちがパーティーを楽しんでいるその時、キングコングを彷彿とさせる悪漢ゴリラがパーティーに乱入してくる。ゴリラはベティを捕まえようとするが、ベティが電気を消すと途端にオバケや壁に描かれた魔女がゴリラを襲い始める。
ゴリラはあまりの恐ろしさにベティの家から逃げ出し、ベティはオバケと一緒に「ププッピドゥ」を唱えるのだった。

パーティーが始まるまでの前半部分はなかなかナンセンスで面白いのだが、パーティーが始まってからの後半部分はやけに幼稚なギャグが目立ち失速してしまうのが惜しい。作画もあまり良いとはいえない。
せっかくハロウィンが作品の主題なので、ホラー演出やオバケネタと相性がいい「ベティ・ブープ」なら工夫次第ではもっと良い作品になれたのではないだろうか。作画チーフの一人であるウィラード・ボウスキーはあの怪奇カートゥーンの傑作『お化オン・パレード(Swing You Sinners)』 や『ベティの家出(Minnie the Moocher)』の作画を担当した人物でもあるので、尚更そう思うのである。
物語前半で頻発するナンセンスなギャグや快調なBGMなど楽しめない事はないのだが、色々と消化不良に終わってしまった惜しい作品といえる。



※収録DVD:Betty Boop: The Essential Collection, Vol.1

2018年10月18日木曜日

The Cookie Carnival(クッキーのカーニバル)

監督:ベン・シャープスティーン
公開日:1935年6月29日
評価点:★8

まさに「お菓子」のような甘い魅力を持つ傑作


シリー・シンフォニー第53作。公開年は1935年、この年には他に『うさぎとかめ(The Tortoise and the Hare)』『音楽の国(Music Land)』『誰がコック・ロビンを殺したの?(Who Killed Cock Robin?)』といった傑作群が立て続けに発表された。1930年代のカートゥーンを代表するこのシリーズも、30年代中期に差し掛かりまさに円熟の域に入っていたと言える。
さて、この作品はタイトル通り「お菓子の国」を舞台にした作品で、登場人物たちも皆クッキーなどのお菓子を擬人化したキャラクターとなっている。背景美術もお菓子がモチーフとなっており、同時期のシリー・シンフォニー作品の中でも異彩を放っているといえるだろう。

お菓子の国では、今日は楽しいカーニバルの日。カーニバルでは、一番美しい女を女王にするためのコンテストが開かれていた。そんな賑やかなカーニバルをよそに、綺麗な服を持っていないためにコンテストに出られないと嘆くクッキーの女の子。たまたま女の子の近くを通りかかった浮浪者のクッキーは、お菓子を使って女の子を美しい女性に仕立て上げてやるのだった。
さて、めでたく彼女はコンテストに出場。圧倒的な美貌により見事優勝し、女王に選ばれる。女王が決まったのなら王様も決めねば、という事で今度は王様のコンテストが開かれる。天使のケーキや悪魔のケーキなどたくさんの候補者が集まるが、女王はどれもお気に召さない様子。(この時の女王の表情が実にカワイイのだ)
それならと審査員自らが王様に立候補するが、そこへ現れたのが浮浪者のクッキー!女王は「王様に何をするの」と叫び(浮浪者クッキーの帽子は、守衛に殴られた時王冠のように割れていたのだ)、浮浪者のクッキーは王様に選ばれる。

王様が選ばれたことでパレードの盛り上がりは最高潮に達し、二人は熱いキスを交わすのだった。

さて、この作品ではアイワークス・スタジオから移籍してきたばかりのグリム・ナトウィック、テリー・トゥーンから移籍してきたばかりのビル・タイトラという二人の敏腕アニメーターが作画に大きく携わっているという点でも興味深い。
ナトウィックは浮浪者クッキーが女の子を美しい女王に仕立て上げるシーン、タイトラは天使のケーキと悪魔のケーキがダンスをするシーンをそれぞれ担当しているが、いずれのシーンもこの作品の中で特に印象深い場面である。
特にナトウィックが担当したドレスアップのシーンは、アニメ史に残る名場面といえるのではないだろうか。ベティ・ブープの生みの親であり後に白雪姫の作画にも携わる彼がアニメ―トした女の子の美しさ、可愛さ、色気は全く並大抵ではない。
フライシャー時代の荒っぽさがまだまだ残っており洗練されたアニメーションとは言い難いが、独特の野暮ったい作画の癖にまで一種の愛らしさを覚えるのである。
往年のチャップリンを彷彿とさせる浮浪者クッキーも、なかなか味わい深いキャラクターで好印象だ。(声はディズニー御用達であるピント・コルヴィッグが好演している)
まさにお菓子のような甘い魅力を持つ、素敵な作品である。



※収録DVD:シリー・シンフォニー 限定保存版 (初回限定) [DVD]

2018年10月10日水曜日

九尾の狐と飛丸

監督:八木晋一(架空の名前であり、実際の監督に該当する仕事は構成の鈴木英夫と作画監督の杉山卓が担当したらしい)
公開日:1968年10月19日
評価:★5

幻のアニメ会社・日本動画が製作した幻の長編アニメ

後に文部大臣となる大映出身の映画プロデューサー、中島源太郎が1963年に設立したアニメ製作会社『日本動画』。アニメ製作会社としては比較的マイナーなこの会社が製作し、大映によって配給された幻のカラー長編アニメ作品が、この『九尾の狐と飛丸』である。
そもそもこの会社自体、中島氏が『玉藻の前』(本作品の原作)をアニメ化するために設立したというのだから、なかなか異色な経歴を持つ会社といえる。
現在に至るまで一切メディア化されておらず、視聴困難な幻の作品となってしまったこの作品だが、東京都立多摩図書館に本作の16ミリフィルムが所蔵されており、2018年10月7日に開催された同図書館の定例映画会にて上映された。私もこの映画会にて初めて鑑賞できたのである。

雑誌『視聴覚教育』1969年12月号にて本作のあらすじと解説が掲載されているので、以下にあらすじを引用する。(余談だが、この解説文では配給が『教育映画配給社』となっている。多摩図書館に所蔵されている16ミリフィルムはこの会社が配給・販売していたものなのだろうか・・・)

平安朝の末期、都を遠く離れた下野国那須の里に少年飛丸と美しい少女玉藻の二人がいて、兄妹のように睦まじく暮していた。二人が一七才の春を迎えたとき、玉藻に金色九尾の狐の悪霊が乗り移り、日本を亡ぼす使命を負わされる。玉藻はやがて京に上り左大臣忠長の館で暮らすことになるが、飛丸もその後を慕って京に上る。美しい玉藻はたちまち京成中の評判になり、陰陽師泰[ママ]にうち勝って雨乞いの雨を降らし一層の権力を手にする。それと前後して都には妖しい事件が次々に起る。 
玉藻はやがて日本中の仏像を鋳潰して、黄金の巨像を作れという命令を出す。この魔の巨像が完成した時日本は悪魔の国となり、玉藻の使命も終るのである。しかし玉藻の命令に従わず仏像を供出しなかったために焼かれてしまった奈良の大仏の、焼け落ちた首から現われた不動明王の鉾を手にした飛丸が、その鉾を魔の巨像の胸に投げつけると、像は忽ち崩れ落ち玉藻の姿も消え失せる。魔王の命令を果たせなかった玉藻は那須に落されて醜い岩にされてしまう。

この作品が作られた経緯やスタッフの詳細についてはこちらのコラムが詳しい。当ブログでは作品そのものの感想などをダラダラと書き連ねる事にする。

まず、良い意味でも悪い意味でも非常に真面目な作品である。東映長編のようなユーモアは皆無で、ただただ玉藻の悲しい運命と飛丸の勇ましい闘いをドラマチックに描く事に徹している。
作画もあまり良くなく、特に前半は作品自体のテンポの遅さも相まってかなり退屈な仕上がりになってしまっていたのが残念。ただ、巨像に憑依した玉藻が髪を金色に輝かせながら村人たちを襲う場面に関しては、かなり迫力あるシークエンスとなっており非常に面白かった。本作では当時「放送動画制作」に所属していたと思われる倉橋孝治さん、竹内大三さん、彦根範夫さん、そして永沢詢さんといった方が作画に参加している事も特徴なのだが、もしかするとこの辺りのシーンを担当したのかもしれない。
また、水面を実写で表現したり館を歩くシーンにて疑似マルチを用いたりと、随所で工夫を凝らした演出をしていたのも興味深い。やたらリップシンクに拘っていた場面があったのも妙に印象に残ってしまった。
本作の最大の長所は、池野成氏による音楽だろうか。OPで流れるテーマ曲(?)含め、とにかく美しい作風で、正直メインであるアニメーションを圧倒してしまっていた。
スタッフ一同非常に力を入れて作っていた事は画面からもひしひしと伝わってきたのだが、技術が今ひとつ熱意に追いつかなかったために傑作には至らなかったという、非常に惜しい作品であった。

余談であるが、日本動画自体は今作と同時期に『冒険ガボテン島』の製作協力を行っている。『ガボテン島』の製作元であるTCJは本作でも製作協力としてクレジットされていたため、お互いに協力関係にあったのだろうか。
(幻のカルトアニメ「星の子ポロン」「ガンとゴン」の実制作を担当したというスタジオも「日本動画」らしいのだが、関連性は如何に…?)

2018年9月29日土曜日

Hunky and Spunky(スパンキー登場)

監督:デイヴ・フライシャー
公開日:1938年6月24日
評価:★4

『わんぱくスパンキー』第一作


『カラー・クラシック』第24作。スタジオをニューヨークからマイアミに移籍したフライシャー兄弟が開始したミニシリーズ、『わんぱくスパンキー』の第一作でもある。
このシリーズは良くも悪くもマイアミ時代のフライシャー・スタジオ、そして後期の『カラー・クラシック』を象徴するシリーズとなっている。
まず、このシリーズは全体としてディズニー作品の影響が色濃い。そしてアニメーションはそれまでの作品と比べて格段に洗練されてはいるものの、ストーリーはとにかく甘ったるくて平凡なのだ。ギャグや毒っ気も皆無に等しい。
シリーズ第一作であるこの作品も、作画や美術こそ素晴らしいが物語が退屈という、どうも惜しい作品に仕上がってしまった。
この作品の作画はマイロン・ウォルドマンとグラハム・プレイス。1930年代後半以降のスタジオを牽引したアニメーターだ。

子ロバのスパンキーは、お母さんのハンキーに蹴り方や鳴き方を教えてもらう。ウサギと仲良くなったスパンキーは、お母さんが休んでいる間にウサギと一緒に遊びまわる。
そんな時、人間が油断していたスパンキーを罠で捕まえてしまったのだからさあ大変。ハンキーは急いで息子のもとへ駆けつけ、人間をコテンパンにやっつけてしまう。
これにて一件落着。二匹はまた、長い長い旅を仲良く続けるのだった。

冒頭のステレオプティカル・プロセスを用いた美麗な背景と、ラストの夜空の幻想的な色使いが目を引く作品である。作画は水準レベルを維持しており、細密な背景美術も良い。ただ見るべきところが殆どそれだけなのがなんとも惜しいところだ。
ところがこの作品は大衆の心を掴んだようで、1938年度のアカデミー短編アニメ賞にノミネートされている。(1930年代前半には一回もノミネートされていないというのが、また哀愁を誘う。フライシャー兄弟とテックス・アヴェリーは賞レースに無縁なのだ)



※収録DVD:Max Fleischer's Color Classics: Somewhere in Dreamland

2018年9月24日月曜日

Colonel Heeza Liar's Knighthood

監督:ウォルター・ランツ(&ヴァーノン・ストーリングス?)
公開日:1924年4月1日
評価:★7


ウォルター・ランツが演出した最初期の作品


1913年に、商業アニメーションの草分け的存在であるジョン・ランドルフ・ブレイによって生み出されたキャラクター『ヒーザライア大佐』。最も初期にセル技法を取り入れた事でも有名なこのシリーズだが、ブレイ自身による製作は1917年に一旦終了してしまう。その後6年間のブランクを経て、1923年にヴァーノン・ストーリングスによって製作が再開された。
この作品は、そんな『ストーリングス版・ヒーザライア』の一篇である。
この作品で特筆すべきなのは、監督としてウォルター・ランツがクレジットされている点である。1910年代にインターナショナル・フィルム社のアニメーターとしてキャリアをスタートさせた彼だが、この辺りから演出業もこなすようになっていた。この作品は、彼が監督した最も初期の作品なのだ。
ちなみに、インターナショナル・フィルム社にはランツの他にもビル・ノーランやバート・ジレット、ベン・シャープスティーン、グリム・ナトウィック、そしてジャック・キングといった後に名を残すそうそうたるメンバーが在籍していた。

剣術の練習をする男(実写。ランツ本人)に睡眠の邪魔をされたヒーザライアは、おもむろに昔の武勇伝を語り始めた。
王様に剣術の腕を見込まれたヒーザライアは、王様の付き添いをすることになる。ところが王様が悪者に捕まってしまったので、ヒーザライアは悪者と剣闘する羽目に。絶体絶命のヒーザライアだったが、蚊のおかげでなんとか勝利する。
―ところがそれはみんな大嘘。話を聞いて怒った蚊に咬まれてしまったヒーザライアは、急いでインク壺へと戻るのだった。

同時期のランツ監督作と同じく、この作品はフライシャーの『インク壺』を彷彿とさせる実写とアニメーションの混合スタイルで作られている。とはいえ、『ディンキー・ドゥードゥル』等とは異なりこの作品では実写との絡みは序盤と終盤のみ。メインはあくまでもアニメーションである。後の『オズワルド』を彷彿とさせるのびのびとした動きや自由な発想はもちろん、ランツ自身の怪演も見逃せない。
この作品が発表された時点で、ランツはまだ25歳だった。若々しい自由な発想が光る、楽しい作品だ。

収録DVD:Cartoon Rarities of the 1920s

2018年9月18日火曜日

Hot Dog(ハッドッグ)

監督:デイヴ・フライシャー
公開日:1930年3月29日
評価:★7


フライシャーの転換点


『トーカートゥーン』第4作。この作品は、様々な意味でフライシャー・スタジオのターニングポイントとなった記念すべき快作である。「従来の作品との違い」は主に三つ挙げられる。
第一に、フライシャー作品としては初めて全編にセル画が用いられ、濃淡豊かな背景が使用できるようになった。第二に、トーキー初期のフライシャーを代表するキャラクターのビン坊が初登場した。第三に、音楽監督としてルー・フライシャーが参入し、従来よりもはるかに高い完成度で音楽とアニメーションの融合に成功したのである。

車を走らせるビン坊が、街中の女性を次々にナンパする。ナンパの途中で道路を壊してしまったビン坊は警察に捕まってしまい、『ジョニーが凱旋するとき』のメロディーと共に裁判所へと連行されてしまう。
無実を訴えるビン坊はおもむろにバンジョーを取り出し、『セントルイス・ブルース』を歌いだす。堅苦しい雰囲気だった裁判所もいつの間にかノリノリに。ビン坊はバンジョーを一輪車に見立ててそのまま裁判所を逃げ出すのだった。

アニメーターはノンクレジットだが、後にチャールズ・ミンツのスタジオへ移籍するシド・マーカスと1930年当時のスタジオを代表するアニメーターであるグリム・ナトウィックが幾つかのシーンを担当したと思われる。[参考]
特にシド・マーカスが担当したという「セントルイス・ブルース」のシーンは従来のフライシャー作品とは一線を画すクオリティーである。というのも、スキャットの口の動きやバンジョーをかき鳴らす手の動き、音楽にノる無機物たちの動き、全てが完璧に音楽と同期しているのだ。
トーキー初期におけるフライシャーの見どころといえば絶妙な「スウィング感」、つまりジャズとアニメーションの見事な融合が挙げられるのだが、この作品で初めてそれが本格的に実現したのである。
これには恐らく今作よりスタジオの作品に関わる事となったルー・フライシャーの存在が大きく影響していると思われる。ルーはマックス&デイヴの兄弟で、1942年までスタジオの音楽監督として作品に関わってきた。(彼はポパイのウィンピーの声も一部作品で担当している)

この作品は1931年頃に日本でも公開されたようだ。初期のベティ作品と同じく、観客たちを大層楽しませたことだろう。




(劇中で使用された「セントルイス・ブルース」の録音)

2018年9月14日金曜日

Bold King Cole(勇敢な王様)

監督:バート・ジレット
公開日:1936年5月29日
評価:★6

ヴァン・ビューレン最後のフィリックス


ディズニー出身のアニメーター、バート・ジレットがヴァン・ビューレン・スタジオに移籍して手掛けたシリーズ『レインボー・パレード』。本作は、サイレント時代に絶大な人気を誇ったキャラクター『フィリックス』を主人公とした三部作の最終作である。
この作品が公開された後、フィリックスが主人公のアニメーション作品は1958年のテレビアニメ「とびだせフィリックス」まで製作されなくなる。フィリックスがアニメスターの座を離れている間、原作者のオットー・メスマーは一時期(1944-47年頃)かつて最大のライバルだったフライシャー・スタジオの後身であるフェイマス・スタジオで働いていたというのだから面白い。
本作の監督はバート・ジレット単独。後に彼がディズニー復帰後に監督した『ミッキーのお化け退治(Lonesome Ghosts)』(1937)を彷彿とさせる作品に仕上がっている。

木の上で楽しく歌を歌っていたフィリックスだったが、突然の嵐に見舞われお城に逃げ込む。その城の主は大ぼら吹きで臆病な王様だった。実はお城には幽霊がたくさん棲み付いており、おしゃべりで嘘つきな王様を凝らしめようと大暴れしてしまう。
フィリックスは雷を使って幽霊を撃退、喜んだ王様はフィリックスを王子にしてやるのだった。

本作も、前2作と同様にデザインや美術設定に関しては非常に洗練されており申し分ない出来である。特に嵐や幽霊といったホラー描写は良く表現できており、甘ったるい描写が目立つ「レインボー・パレード」としては出色の出来栄えといえる。
またウィンストン・シャープルズの音楽も素晴らしく、挿入歌の「Nature and Me」をはじめとするキャッチーな歌や軽快なBGMが作品の魅力を際立たせている。この作品に限らず、ヴァン・ビューレンの作品はとにかく音楽が良いのだ。
ただ、刺激的なユーモアや機知に富んだアイデアが乏しく、全体として平坦な作りになっているのが非常に残念。(これも残念なことにヴァン・ビューレン作品全体に言えることなのだが…)
前2作での最大の問題点だった「フィリックスの性格」も依然として改善しておらず、サイレント時代のブラックさは影を潜めて『勇敢な少年』になっているのも惜しい。

この作品が公開されてから5か月後の1936年10月、配給元だったRKOがディズニー作品の配給を始めた事をきっかけにヴァン・ビューレン・スタジオはアニメーション作品の製作を休止してしまう。そしてさらに2年後の1938年11月12日、ヴァン・ビューレン自身も心臓発作でその生涯を終えるのであった。



収録DVD:フィリックス Felix the Cat DVD BOX (DVD2枚組)

2018年9月5日水曜日

Neptune Nonsense(フィリックスと海の神様)

監督:バート・ジレット&トム・パーマー
公開日:1936年3月20日
評価:★7

フィリックスが海底で大冒険


ディズニー出身のアニメーター、バート・ジレットがヴァン・ビューレン・スタジオに移籍して手掛けたシリーズ『レインボー・パレード』。本作は、サイレント時代に絶大な人気を誇ったキャラクター『フィリックス』を主人公とした三部作の二作目である。
監督は前作と同じくバート・ジレットとトム・パーマー。二人ともディズニー出身のアニメーターなだけあって、本作も前作同様ミッキーマウスの短編を彷彿とさせる作品に仕上がっている。

フィリックスが飼っている金魚は、なぜか寂しそう。そこで金魚の友達を見つけてあげることにしたフィリックスは、さっそく釣りに出かける。ところが大きな魚に引っ張られて海底の世界へと真っ逆さまに落ちてしまったフィリックスは、そこで金魚の友達を探す事にした。ところが彼を誘拐犯だと勘違いした魚たちによってフィリックスは捕らえられてしまう。
海の神様と面会したフィリックスが事情を話すと、神様はフィリックスを孤児施設へと連れていった。神様は身よりのない金魚を一匹フィリックスにプレゼントする事にしたのだ。喜ぶ自分の金魚を見て、フィリックスも幸せそうな笑顔を浮かべるのだった。

前作と同様、作画面でのクオリティは従来のヴァン・ビューレン作品に比べて出色の出来である。また美術も素晴らしく、海底の幻想的な世界観を上手く演出している。ギャグこそ少ないが魅力的なアイデアは多く、特に海底に棲む魚たちのシークエンスはかなり快調といえるだろう。
問題としてはストーリーが余りにもありきたりすぎる、フィリックスの性格が良い子すぎるなどという点が挙げられるが、これは素晴らしい美術設定のおかげであまり気にならない。
全体を通して、「Sunshine Makers」(1935)と並ぶ「レインボー・パレード」の最高傑作といっても差し支えない快作といえるだろう。



収録DVD:フィリックス Felix the Cat DVD BOX (DVD2枚組)

2018年8月27日月曜日

The Goose That Laid the Golden Egg(フィリックスと金のガチョウ)

監督:バート・ジレット&トム・パーマー
公開日:1936年2月7日
評価:★6

テクニカラーで蘇ったフィリックス


『三匹の子ぶた』を始めとする、数々の名作を演出したディズニーの名匠バート・ジレットがヴァン・ビューレン・スタジオに移籍して手掛けたシリーズ『レインボー・パレード』。本作は、サイレント時代に絶大な人気を誇ったキャラクター『フィリックス』を主人公とした三部作の一作目。1930年以降新作が作られていなかったフィリックスだが、6年の時を経てテクニカラーで蘇ったのである。
とはいっても、オリジナル版のクリエイターであるオットー・メスマーとパット・サリヴァン(1933年没)は製作に関わっていない。本作はバート・ジレットと、彼と同じくディズニー出身であるトム・パーマーの共同監督作なのだ。

金の卵を産むガチョウと共に、貧しい人々にお金を分け与えるフィリックス。ところが海賊団の船長であるキャプテン・キッドがフィリックスの家に侵入し、ガチョウを奪ってしまったのだからさあ大変。フィリックスは大砲を使って、彼が舵を取る海賊船へと乗り込むのだった。
海賊船に到着したフィリックスは海賊との激しい戦いの末、見事勝利する。そして海賊が今まで盗んできた財宝を街の貧しい人々に分け与えたフィリックスは、英雄として祝福されるのだった。

作画は(ヴァン・ビューレンスタジオの作品にしては)良好であり、演出やデザインの面でも以前の作品より非常に洗練された印象を受ける。ウィンストン・シャープルズによる音楽も良い。1936年という公開時期、そして予算やヒット作に恵まれなかったスタジオの性質を考えると、出色の作品と言えるだろう。
ただこの作品―これは他の『レインボー・パレード』にも言えることなのだが―ストーリーが甘すぎるのだ。ユーモアが少なく、あまりにも王道すぎるのである。
フィリックスはサイレント時代に持っていたいたずら好きで小市民的な性格を捨て、正義感溢れる勇敢な少年に変貌してしまった。ミッキーマウスを演出したバート・ジレットが監督したのだから、ある意味当然なのかもしれないが…。
唯一楽しめるギャグは、フィリックスが自分を砲丸に見立て、大砲を使って海賊船へ飛んでいくというネタだろうか。アニメーション史研究家のレナード・マルティン氏も、このシーンを称賛している。



収録DVD:フィリックス Felix the Cat DVD BOX (DVD2枚組)

2018年8月21日火曜日

Northwest Hounded Police(迷探偵ドルーピーの大追跡)

監督:テックス・アヴェリー
公開日:1946年8月3日
評価:★10

悪夢的なギャグが素晴らしい、私的ドルーピー最高傑作

ドルーピーが出演する4番目の作品。ドルーピー第一作である『つかまるのはごめん(Dumb-Hounded)』のリメイク作であり、数あるドルーピー出演作の中でも最高傑作(と私は思っている)にあたる名作である。
作画はディズニー出身のウォルター・クリントン、エド・ラヴ、レイ・エイブラムス、そしてプレストン・ブレアの4人。MGM作品ではお馴染みの面々である。
まあこの作品、素晴らしいのなんの。基本的なストーリーはリメイク元である『つかまるのはごめん』を踏襲しているが、ギャグは更にエスカレートし狼のリアクションも冴えに冴え渡り、問答無用の大傑作となった。

アルカ・フィズ刑務所を脱獄したオオカミ。北国に逃げた彼を捕らえるべくドルーピーが彼を追う事になった。追手に気付いたオオカミは急いで小屋に逃げ、一安心したかと思えばなんとそこにいるのはドルーピー!オオカミは山の頂上、海底、空港、映画館と様々な場所へ逃げ回るがどこに行ってもドルーピーが待ち構えている。哀れなオオカミは待ち構えるドルーピーを見る度に超絶的なリアクションを披露。
それならと整形手術を試してみるが整形後の顔はドルーピー、実は外科医の顔もドルーピー。絶望したオオカミはライオンの口の中へと飛び込むがそこにもなんとドルーピー。最終的に彼が逃げ込んだ場所は刑務所の檻の中、これでやっとドルーピーの顔を見なくて済むと安堵するのだったが…。衝撃のオチが待ち構えている。

全く、何もかもが素晴らしい作品。まず、冒頭から電気椅子の入り口に『お座り下さい』なんて看板がかかってあるというブラックなギャグが炸裂するのだから最高だ。鉛筆で扉を描いてそこから脱獄する、という『Porky in Wackyland(ポーキーのヘンテコランド)』を彷彿とさせるアニメらしいギャグも楽しい。
そして何より、オオカミが慌てふためき逃げ回るリアクションの面白さ。目ん玉は飛び出し顎は外れ手足はバラバラに…いやはや、『アヴェリー節』全開である。
特に映画館のシークエンスは素晴らしく、「逃げ回る余りフィルムから飛び出してしまう」という『つかまるのは~』から流用したギャグに始まり、スクリーンに映し出されるのはドルーピーだというメタ的なギャグ、そしてそれを見たオオカミのとんでもない驚きっぷり、どれもが最高に面白い。
スコット・ブラッドリーによる音楽ももちろん抜群、作品に満ちている狂気をさらに増幅させている。
オオカミが逃げ回る先にはいつもドルーピーがいる、たったそれだけの事が7分に亘って繰り返されるのに、なぜこんなに面白いのか。とにかく、悪夢的なギャグが冴え渡る奇跡の傑作なのである。


収録DVD:Tex Avery's Droopy: The Complete Theatrical Collection