2018年10月31日水曜日

Minnie the Moocher(ベティの家出)

監督:デイヴ・フライシャー
公開日:1932年3月11日
評価:★10


フライシャーの怪奇趣味がキャブのブルースと見事に融合した傑作


『トーカートゥーン』第34作。1932年から1933年にかけてフライシャー・スタジオでは名ジャズシンガーのキャブ・キャロウェイをフィーチャーした短編を3つ製作しており、この作品はその1作目である。原題のとおり、この作品ではキャブが1931年に録音し大ヒットとなったブルース『ミニー・ザ・ムーチャー』をバックに数々の怪奇的なギャグが展開される。
作画者としてクレジットされているのはウィラード・ボウスキーとラルフ・サマーヴィルだが、名シーンとして名高いセイウチが踊る場面はバーナード・ウルフが作画を担当したらしい。

まず、冒頭でキャブ・キャロウェイと彼の楽団、そしてクレジットが実写で映し出される。この実写映像がまた格別で、キャブがあのくねくね踊りを披露するのだ。
夕食を食べないので両親から叱られるベティ。ベティを叱る父親の顔がシリンダー式蓄音機に変化するというギャグ(時代遅れの暗喩?)が挟まれ、両親の冷たさに嫌気が差したベティは家出をすることに決める。ビン坊と共に家を出るベティだったが、町を歩いていると次第に辺りは陰気臭くなり、恐怖に怯える二人は急いで洞窟へと逃げ込む。
すると現れたのは巨大なセイウチの幽霊!セイウチは「ミニー・ザ・ムーチャー」を歌いながら不気味な踊りを披露する。この踊りはキャブの動きをロトスコープを用いてトレースしており、キャブの魅惑的で怪しげな雰囲気を見事に再現している。セイウチ(キャブ)の「ハイディホー」に合いの手を入れるのは、骸骨、猫や囚人の幽霊など恐ろしい魑魅魍魎たち。この奇妙な連中が繰り広げる怪奇ギャグが実に不気味で、面白いのだ。
「ミニー・ザ・ムーチャー」が終わるとBGMは陽気な「タイガー・ラグ」へと変化し、洞窟から逃げ出したビン坊とベティを幽霊たちが執拗に追いかける。最後にはベティ、ビン坊共々家に逃げ帰ってしまい(ビン坊が犬小屋に入るのが可笑しい)、ベティがベッドに潜るとベッドの上に置いてあった書き置きが破れ「Home Sweet Home」になるという素敵なオチで物語は締めくくられる。

「キネマ旬報」昭和7年6月21日号より
ストーリー性は薄く、内容も「ミニー・ザ・ムーチャー」に乗せて怪奇趣味の数々を繰り広げる事に終始している。スウィング感も「お化オン・パレード(Swing You Sinners!)」や後の「ベティの山男退治(The Old Man of the Mountain)」に比べると少し物足りなく、「魔法の鏡(Snow-White)」ほど突き抜けたシュールさはない。
当時のキネマ旬報でも、本作品はなぜか『小唄漫画』(Screen Songs)の一作品として紹介されてしまっている。当時のこの作品が一種のミュージック・ビデオとして認識されていた証拠であろう。

しかし、ロトスコープを用いて作画されたセイウチの踊りや幽霊が繰り広げる不気味なギャグの悪趣味さとグルーヴ感は何物にも代えがたく、この作品を傑作たる所以にしている。ロトスコープを用いることでキャブの踊りを忠実に、そして滑らかに再現する事に成功しているが、その滑らかさには一種の不気味さや生気の無さがある。この作品ではそんな不気味さが作品の魅力そのものに昇華しているのだ。これはロトスコープが作品の魅力の減退に繋がってしまった「ガリバー旅行記(Gulliver's Travels)」(1939)とは対照的である。
キャブの毒を交えたブルースとフライシャーのオフビートな作風の相性が極めて良かったからこそ誕生した、奇跡の傑作と言えるだろう。
ちなみにこの作品が公開される僅か6日前には、同じくキャブの持ち歌であり「ミニー・ザ・ムーチャー」のアンサーソングでもある「Kickin' The Gong Around」をフィーチャーした短編『Fly Frolic』がヴァン・ビューレン・スタジオにより公開されている。両作品を見比べてみるのも一興ではないだろうか。




(言わずと知れた名ブルース「Minnie the Moocher」のオリジナル録音)

※収録DVD:Betty Boop: The Essential Collection Vol.3

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