2018年10月10日水曜日

九尾の狐と飛丸

監督:八木晋一(架空の名前であり、実際の監督に該当する仕事は構成の鈴木英夫と作画監督の杉山卓が担当したらしい)
公開日:1968年10月19日
評価:★5

幻のアニメ会社・日本動画が製作した幻の長編アニメ

後に文部大臣となる大映出身の映画プロデューサー、中島源太郎が1963年に設立したアニメ製作会社『日本動画』。アニメ製作会社としては比較的マイナーなこの会社が製作し、大映によって配給された幻のカラー長編アニメ作品が、この『九尾の狐と飛丸』である。
そもそもこの会社自体、中島氏が『玉藻の前』(本作品の原作)をアニメ化するために設立したというのだから、なかなか異色な経歴を持つ会社といえる。
現在に至るまで一切メディア化されておらず、視聴困難な幻の作品となってしまったこの作品だが、東京都立多摩図書館に本作の16ミリフィルムが所蔵されており、2018年10月7日に開催された同図書館の定例映画会にて上映された。私もこの映画会にて初めて鑑賞できたのである。

雑誌『視聴覚教育』1969年12月号にて本作のあらすじと解説が掲載されているので、以下にあらすじを引用する。(余談だが、この解説文では配給が『教育映画配給社』となっている。多摩図書館に所蔵されている16ミリフィルムはこの会社が配給・販売していたものなのだろうか・・・)

平安朝の末期、都を遠く離れた下野国那須の里に少年飛丸と美しい少女玉藻の二人がいて、兄妹のように睦まじく暮していた。二人が一七才の春を迎えたとき、玉藻に金色九尾の狐の悪霊が乗り移り、日本を亡ぼす使命を負わされる。玉藻はやがて京に上り左大臣忠長の館で暮らすことになるが、飛丸もその後を慕って京に上る。美しい玉藻はたちまち京成中の評判になり、陰陽師泰[ママ]にうち勝って雨乞いの雨を降らし一層の権力を手にする。それと前後して都には妖しい事件が次々に起る。 
玉藻はやがて日本中の仏像を鋳潰して、黄金の巨像を作れという命令を出す。この魔の巨像が完成した時日本は悪魔の国となり、玉藻の使命も終るのである。しかし玉藻の命令に従わず仏像を供出しなかったために焼かれてしまった奈良の大仏の、焼け落ちた首から現われた不動明王の鉾を手にした飛丸が、その鉾を魔の巨像の胸に投げつけると、像は忽ち崩れ落ち玉藻の姿も消え失せる。魔王の命令を果たせなかった玉藻は那須に落されて醜い岩にされてしまう。

この作品が作られた経緯やスタッフの詳細についてはこちらのコラムが詳しい。当ブログでは作品そのものの感想などをダラダラと書き連ねる事にする。

まず、良い意味でも悪い意味でも非常に真面目な作品である。東映長編のようなユーモアは皆無で、ただただ玉藻の悲しい運命と飛丸の勇ましい闘いをドラマチックに描く事に徹している。
作画もあまり良くなく、特に前半は作品自体のテンポの遅さも相まってかなり退屈な仕上がりになってしまっていたのが残念。ただ、巨像に憑依した玉藻が髪を金色に輝かせながら村人たちを襲う場面に関しては、かなり迫力あるシークエンスとなっており非常に面白かった。本作では当時「放送動画制作」に所属していたと思われる倉橋孝治さん、竹内大三さん、彦根範夫さん、そして永沢詢さんといった方が作画に参加している事も特徴なのだが、もしかするとこの辺りのシーンを担当したのかもしれない。
また、水面を実写で表現したり館を歩くシーンにて疑似マルチを用いたりと、随所で工夫を凝らした演出をしていたのも興味深い。やたらリップシンクに拘っていた場面があったのも妙に印象に残ってしまった。
本作の最大の長所は、池野成氏による音楽だろうか。OPで流れるテーマ曲(?)含め、とにかく美しい作風で、正直メインであるアニメーションを圧倒してしまっていた。
スタッフ一同非常に力を入れて作っていた事は画面からもひしひしと伝わってきたのだが、技術が今ひとつ熱意に追いつかなかったために傑作には至らなかったという、非常に惜しい作品であった。

余談であるが、日本動画自体は今作と同時期に『冒険ガボテン島』の製作協力を行っている。『ガボテン島』の製作元であるTCJは本作でも製作協力としてクレジットされていたため、お互いに協力関係にあったのだろうか。
(幻のカルトアニメ「星の子ポロン」「ガンとゴン」の実制作を担当したというスタジオも「日本動画」らしいのだが、関連性は如何に…?)

1 件のコメント:

  1. 九尾の狐と飛丸は、小学校で見ました。 
    絶望の中、壊された大仏の中から 飛丸は剣を見つけ 剣を持ち立ち向かうシーンは、幼かった自分の心に残っております。名作です

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