2018年6月21日木曜日

The Old Mill(風車小屋のシンフォニー)

監督:ウィルフレッド・ジャクソン
公開日:1937年11月5日
評価点:★10

圧倒的なビジュアルで描き出される自然の美しさ


『カートゥーンの黄金時代』が産声を上げた直後の1929年より製作が開始され、数々の技術革新、そして作品としてのクオリティの高さにより1930年代におけるカートゥーン界を牽引してきた歴史的な短編シリーズ『シリー・シンフォニー』。
その中でもひと際輝いた魅力を放ち、アニメーション史に残る傑作に数えられるこの美しい短編は、同シリーズ第68作・シリーズ後期にあたる作品である。
監督は、これまでにも同シリーズで数々の名作の演出を担当してきたウィルフレッド・ジャクソン。音楽とアニメーションの見事な融合にかけては、この監督に敵う演出家はいなかったであろう。


のどかな田園の奥に、古びた風車小屋が聳え立っている。もう既に使われなくなって久しい小屋の中では、鳥や獣たちが思い思いの生活を営んでいた。夜になると蛙たちが軽快な合唱を始める。彼らの声に合わせるかのようにコオロギが鳴き始め蛍が飛び交い、辺り一面は小さな演奏会と化すのだった。
その時、夜空が瞬く間に雲に隠れ、雨が降り出した。嵐が始まったのだ。風車小屋では歯車が激しく音を立てながら回り始め、植物たちは悲痛な演奏を奏で、風車小屋に棲む動物たちはひたすら自然の脅威に耐えていた。そして突如雷が風車小屋に直撃し、風車小屋は大きな音を立てて半壊してしまうのだった。
嵐が止み夜明けが訪れると、そこには嵐が起こる前と何ら変わらない生活を営む動物たちの姿、そして美しい自然の姿があった。


この作品を語る上では、ある特殊な装置の存在をまず最初に知っておく必要がある。
1937年、ウォルト・ディズニー・プロダクションに所属する録音技師ウィリアム・ギャリティは、初のカラー長篇アニメ映画『白雪姫』の製作に向けて、ある特殊な撮影台を開発した。マルチプレーン・カメラである。この装置は複数枚のセル画を複数の層(プレーン)に設置し、それぞれを異なったスピードで動かすことで作品に立体感を生み出すという画期的な代物だった。
既に1926-27年頃にロッテ・ライニガー、1933-34年頃にはアブ・アイワークスが似た機構の立体撮影装置を開発してはいたが、ディズニーはこれらの装置を更に改良し、作品のリアリティを飛躍的に高めようと目論んだのであろう。また1934年には当時ディズニーの最大のライバルであったフライシャー・スタジオがステレオプティカル・プロセスという立体撮影装置を開発している。こちらは平面のセルの奥に、背景として立体模型をセットし撮影するという方式(セットバック撮影)で、ディズニーのマルチプレーンとは少し毛色の異なる技術だった。
この作品ではそのマルチ・プレーンカメラによる撮影がスタジオ内で初めて取り入れられ、『白雪姫』に先行すること一か月前に公開された。言わば『マルチプレーン・カメラのテスト作』なのである。
この装置を用いて撮影された場面、特に冒頭の風車小屋を取り巻く遠景、そして風車小屋が嵐に翻弄されるシーンは、公開から80年を経た現在でも圧倒的な美しさを放っている。

この作品が製作された1937年当時のディズニー短編は、写実性、抒情性の両面で絶頂期に入っており、一種の芸術作品の域に達していた。アニメーションの楽しさが圧倒的なリアリズムによって表現され、その素晴らしさは現在観ても全く見劣りしない。この作品も例外ではないが、ディズニー作品の中でもかなり『写実性』に重点が置かれている点で一線を画す。
全編通して自然描写に徹しており、劇的なストーリーは持っておらず、ギャグも皆無に等しい。もしかすると人によっては退屈に思える内容かもしれない。だが、私はこの作品を見る度に、この素晴らしく迫力のあるアニメーションと音楽によって描き出される自然の美しさと脅威にひたすら圧倒され、魅了されるのだ。『白雪姫』の美術を手掛けたサム・アームストロングによる絵画のように美しい背景美術も、この作品の大きな魅力と言える。
アニメート技術が飛躍的に向上し、夢の世界が圧倒的な説得力を持って描き出されていた1930年代後半のカートゥーンを代表する、アニメーション史に燦然と輝く名作である。



※収録DVD:シリー・シンフォニー 限定保存版 (初回限定) [DVD]

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